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高知簡易裁判所 昭和39年(ろ)219号 判決 1965年10月13日

被告人 前田豊進

昭二二・六・一生 自動車運転手

主文

被告人を罰金参万円に処する。

本件公訴事実中後記第三の事実については被告人は無罪。

訴訟費用中、証人浜田春吉・同井上幸松に支給した分及び昭和四〇年一〇月六日証人岡本春信に支給した分は、いずれも被告人の負担とする。

理由

罪となるべき事実

起訴状記載公訴事実中第一及び第二の事実

右証拠(略)

法令の適用

第一の所為につき

刑法二一一条前段(罰金刑選択)、罰金等臨時措置法三条一項

第二の所為につき

道路交通法七二条一項、一一九条一項一〇号(罰金刑選択)

以上各罪につき

刑法四五条前段、四八条二項、少年法五四条

訴訟費用の負担につき

刑訴法一八一条一項本文

起訴状記載公訴事実中第三の事実について

右公訴事実によれば

「被告人は自動車運転の業務に従事する者であるが、昭和三九年五月八日午前七時四〇分頃、自動三輪車を運転して南国市稲生九三四番地附近道路上を時速約二五粁で西進中、前方約九米の道路左側(南側)小路より、被告人の自動車の進行に気付かず第一種原動機付自転車にエンヂンをかけ押しながら歩いて出て来た清岡幸子(女)を認めたのであるが、このような場合自動車運転者としては、警笛を嗚らして警告するのは勿論、直ちに急停車の措置をとり、以て事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があるのにこれを怠り、同女の前方(北側)を通過できるものと盲断し、そのまま進行を続けた過失により、被告人の自動車の進行に気付かず道路中央まで出て来た同女の前記自転車の前輪附近に被告人の自動車の前輪を衝突、車両もろ共転倒させ、因つて同女に対し治療約三週間を要する左下腿挫創の傷害を与えたものである。」

というのである。

そこで証拠を按ずるに、前記日時場所において、その記載の如き傷害を伴う交通上の事故が発生した事実は、清岡幸子及び岡本春信の司法巡査に対する供述調書、被告人の司法警察員に対する供述調書(第二回)、証人清岡幸子同岡本春信に対する当裁判所の尋問調書及び富岡豊年の診断書の各記載に徴し明認されるところであるが、これが事故発生の原因に関し、右各証拠と昭和三九年五月八日施行の司法警察員の実況見分調書及び当裁判所のなした検証調書(其の二)の記載を綜合すると、次の事実を認定することができる。

一  事故発生現場は、東西に向つて直線に通ずる県道上であつて、県道の南側に接して被害者の住宅があり、住宅の西側は県道に連なる路地となつている。起訴状において被告人が出て来たという「小路」はこの路地にあたるのであるが、一般の通路ではなく、被害者住宅の西裏への出入り口に過ぎない。

二  右路地より県道を越えた向い側にあたる道路北側は人家となつているので、路地から県道を横断して原動機付自転車等が北に向つて通行できるような状況にはない。

三  事故発生現場の道路幅員は三・七米あり、交通状況は自動車等の往来が相当頻繁である。この県道上を東から現場に向つて自動車等により進行して来る場合、被害者方西側の路地における人物や原動機付自転車の如きは、被害者方の住宅に遮られるので、路地の北側にまで進んで来ない限り、全くこれを認めることができない。

四  被害者は原動機付自転車の運転免許を有する者であるが、事故発生の直前右自転車にエンヂンをかけ、車輪が自動回転するよう措置をなし、その車の自動回転を利用しながら、ハンドルに手をかけてこれを操作しつつ前記路地より北側の県道に歩いて出て来ていたものである。(因みに訴因によれば、エンジンをかけていたとのみで、それが空転していたのか或は車輪が自動回転していたのか明らかでない。)

五  事故が発生した両車の接触地点は、道路南端より一・九米の地点であつて、路面の略中央部にあたる。被害者は前記の如くにして路地より県道に出ずるにあたり、道路の交通状況を確認することなく、被告人の自動車にも全く気付かず、漫然と道路中央部の右接触地点に至つたもので、その間自己の自転車に上体を曳かれるが如き姿勢であり、何等制動の措置にも出なかつたものである。

六  被告人は当時自動三輪車を運転し、時速約二五粁で東方より現場に向つて進行して来たものであるが、被告人が被害者を発見したという位置は、実況見分の際においては接触地点の東方九・二米検証の際においては同じく五・八七米となつていて、いずれも被告人の指示に基づくものであるのに拘らず一致しない。しかしその位置が右両者のいずれであるとしても、該路線は前記の如く直線であるから、わき見や居眠り運転等をしていない限り、その前方路上における人物や原動機付自転車の如きは、数十米にわたつても直ちにこれを認め得る状況にある。

七  被告人は被害者の原動機付自転車を認めて制動措置に出でながらハンドルを右に切り、自動車を道路の北端近くにまで転回して衝突を避けようと努めたが、その直前警笛を嗚らす等の合図はしなかつた。

そこで以上の事実に基づいて被告人の責任の有無を検討しよう。右に見たように、現場の東西は直線道路であるところ、被告人が自動三輪車を運転して現場にさしかかつた際、わき見や居眠り運転をしていたというようなことについては、何の証拠もないのであるから、被告人が被害者を発見するまでは(その発見の位置が、前記両指示のうちのいずれであつたかは兎も角として)、未だ被害者は県道上に出ていなかつたものと推断せざるを得ない。

そうだとするならば、被告人の自動車が九・二米が或は五・八七米進行する間に、被害者は路地を出て県道に一・九米進出したものと見るべきであつて、原動機付自転車の車輪を自動回転させて進出して来た関係上、単に手押しの力によつて車を押し進むのに比し、被害者の接触地点に達するまでの進行速度は、相当に加わつていたものと考えられるのである。

ところで被害者が出て来た路地は、一般人の通行するところではなく、しかも被害者は、自己もまた原動機付自転車の運転免許を有しており、その運転者として道路交通上における法令を遵守し、交通の安全を期すべき立場にあるのに拘らず、前記の如く全く交通状況を確認せず、不用意のまま道路中央部にまで進出し、被告人の自動車と衝突したものであつて、その間制動の措置にさえ出でなかつたものであることは既に明らかにしたところである。こうした事実によるならば、被害者は或は自己の自転車の自動回転により、自転車に曳行されるが如き状態で進んでいたため、右手ハンドルによるレバーが漸次開放される装置となり、速力が自ら加わつていつたものの如くにも考えられ、そのため遂に制動の措置に出ずることができなかつたやも計り難いのである。

およそ自動車による交通事故発生直前において、運転者が警笛吹嗚等の合図をなし、危険に直面している人々に対し警告を与え、以て事故の発生を未然に防止すべき義務のあることは、もとよりいうを俟たないところであるが、本件において被告人は警笛吹嗚等何等合図はしていないのであるけれど、既に見てきた如く、被害者が県道に出て来たのは平素人の往来する通路からではなく、一般自動車運転者としては殆んど思いもかけない県道横合いの路地からであり、しかも被害者の不注意が前記の如くであつたとしてみれば、本件の場合その事故の発生が、被告人の右合図不履行に基因するものとはなし難く、それを肯認し得べき証拠はない。

次に訴因にいうが如く、もし被告人が事故直前において急停車の措置に出ていたとしたならば、本件事故は発生しなかつたこというまでもないが、しかしながら凡そ速力を有する交通機関としての自動車につき、その速度の機能を全く無視し、何時如何なる場合においても運転者に対し直ちに急停車をなすべきことを期待すべき条理はない。その急停車をなすべき義務ありや否やは、須らく事故当時のあらゆる具体的状況に鑑み、相対的合理的に論ずべき事柄である。もしそうでないならば、近時激増せる自動車は路上に氾濫し、道路の交通は忽ちにして麻痺するに至るであろう。

さて本件現場附近道路の自動車の制限速度は、時速三〇粁であつて、右制限の他に特に徐行すべきことは別に定められていない。被告人は右路上を前記の如く時速約二五粁で現場にさしかかり、被害者の原動機付自転車を認めて直ちに制動措置に出ながらハンドルを右に切り、自動車を道路北端近くにまで転回したのであるが、遂に被害者の原動機付自転車と接触し本件事故を生じたものである。

こうした事態に直面した場合、自動車運転者に対し法の期待すべき注意義務は、運転者ならば通常誰でもなさねばならぬ程度の注意をいい、それより高くあつても低くあつてもならないところ、これを前記事実に立脚して当てはめてみた場合、被告人の自動車は現に進行中であつたこと、被害者の原動機付自転車が通路に非らざる横合いの路地から不意に出て来たこと、しかも被害者は乗車しておらずハンドルに手をかけて歩いていたこと等に鑑み、こうした状態を九・二米或は五・八七米距つた位置における進行中の自動車の中より目撃した咄嗟の運転者の判断としては、それが僅々一秒内外の瞬間的な認識によるものであるゆえに、先方被害者が車を自動回転の装置にして進んでいるというが如きことは(乗車の上操縦している場合は別として)、通常意想外のことに属し、被害者が専らその自己の体力のみにより車を押し歩いているものと看取するのを通例とし、それゆえその速度も遅く、従つて被告人の自動車の接近により容易に停止し、或は停止しなくともその速度の遅きのゆえに、運転中の自動車が優に該自転車の前方即ち北側を通過し得るものと判断するのを常態というべきであろう。

されば被告人が被害者の前方(北側)の路上を十分通過し得べきものとの判断の下に急停車の措置をとらず、制動措置に出でながらハンドルを右に切り、道路北端寄りに自動車を転回したことは、この場合運転者として通常なすべき当然の措置であつたものといわざるを得ない。それにも拘らずなお、かかる場合、急停車をなすべきことを期待するが如きは、通常なすべき注意義務の程度を超え、難きを強いるものに他ならない。

以上要するに当公判廷に顕われた全証拠を以てしては、未だ本件事故が被告人の不注意に基因するものであることを認めるに足らず、それゆえ右公訴事実については、刑訴法三三六条により犯罪の証明がないものとして、無罪の言渡しをする。よつて主文の通り判決する。

(裁判官 市原佐竹)

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